karashi39とはいったい

夢と希望と明日と正義を讃える

バイト歴をふりかえる

僕はわりと様々なバイトをやってきました。バイトが好きなのかもしれない。自分の振り返り記事のつもりで書きますが、これからバイトをはじめようと思う人が参考にしてくれると良いな、とも思っています。

郵便局

はじめてのアルバイトは、高校1年生の年末年始、郵便局でした。年賀状を配るために年末1週間位普通の郵便を配って地図とルートを覚え、正月を迎えたら全力で年賀状を配る、という流れです。高校の吹奏楽部の男子メンバーみんなで応募したのですが、見事に郵便局と住んでいる家への距離で合否が分かれた。僕の家が一番近くて、徒歩10分でした。

郵便は原付き免許があればバイクで配れるんだけど、僕は持っていなかったので、自転車。でも、僕の住んでいる地域は小さな山を含んでいて、自分ちの近くだからという理由で山のルートを割り当てられてしまった。郵便は紙であり、カゴいっぱいだと結構重くてハンドルを持っていかれるので、山登りはきつかった。しかしなぜか僕は配り終わるのがとても早くて、毎回さっと自分のルートを終わらせて局に戻り、内勤のお仕事も手伝っていました。なお、郵便局の自転車はサックスみたいなメカメカしさがあってかっこよい。

はじめての上司というものができて、確かお名前は加藤さん。もう定年しているはずでは?というレベルのおじいさんでした。15年も前だけど覚えているものですね。ただ、最初にルートを教えてもらった以外は放置なので、郵便のお仕事は基本的に孤独でした。

当時の郵便局は、轟盲牌でお馴染みの小泉政権により民営化したてで、しかも携帯電話がまだ二つ折りになったばかりくらいの時代なので、年賀状の量は最盛期という感じです。つまりこう、年賀状配りのバイトたちが、年賀状を配りきれなくてどこかに捨てて帰ってくる、というのが問題になっていた時期です。今では考えられないですね。

またやりたいかといえば、やりたくないです。なぜなら、僕はもうおじさんだから。原付バイクは乗れるようになりましたが、結構単純な体力バイトなので、楽しさを感じないと思います。でも、初めてのアルバイトにはぴったりっぽい。

ロッテリア

まともに仕事をしたのは、ここがはじめてです。高校1〜3年生のときにやってました。僕は大学に行きたいと思っていたんだけど、どうも進学するためのお金がない感じだったので、子供ながら自分で金を貯めなければと思ったんですね。だからガッツリバイトしたかったので、吹奏楽部はやめてしまいました。

覚えることはそこまで多くないけど、スピードが求められる仕事だった。立川駅の前の店だったので、急いでいるお客さんが多いから、という理由での店長の指導でした。立川に住んでいる今考えると、立川でファーストフードに立ち寄る人そんな急いでないんじゃないのって思いますが、責任者の決定には従うのが筋でしょう。責任者がスピードを求めた結果クオリティが死んでも、それは責任者の責任です。僕は割と効率化ということに向いた頭のつくりになっているらしく、手際の良さは素晴らしいものだったと思います。

一方、ポテトチェックというものが、非常に楽しみな半面、非常に苦手でした。ポテトチェックは、作りたてのポテトを作った人間が1本味見してクオリティを確認してからお客様にだしましょうという仕組みです。でも僕は貧しい家庭に育ったので、ファーストフードすらあまり食べたことなかったんですね。だからポテトの味なんかわかりません。結果、味のしないポテトや塩辛すぎるポテトを出してクレームを頂いたことが数回ありました。立川のみんな、スマン。あと、バイトの先輩であるY崎さんがおしえてくれた、お腹が空いたらポテトチェックという必殺技を強行することを覚えました。

あと、なんだか出世が早かった。ロッテリアではアルバイトに階級があるんですが、P、C、B、A、別の制服の奴、という感じで上がっていきます。僕はめっちゃ早くAになってしまったんですね。これは僕が優秀であるわけではまったくなくて、政治的な問題でした。そのお店にはAから先の出世を拒む古参バイトが大量にいたんです。だって、責任だけ増えて給料は上がらないから。そして制服もかっこ悪いというのが先輩方の意見だった。そこで、一番下っ端である僕をぐいぐい出世させて、ケツを叩こうという作戦だったらしい。そのため、僕の出世テストはだいぶなあなあで行われました。なお、女子向けにかっこいい階級が存在していて、その名も「エース」。エースに昇進した暁には、親御さんに「私エースになったよ」と報告することができます。

バイトの人達とすごく仲が良くなる、ということをこの店では経験しました。S田さんというイケメンのおにーちゃんがいて、しょっちゅうカラオケやらビリヤードやらに連れ出されていた。僕はカラオケが大好きだったので、いつも誘いに乗っていました。後輩ができたり、上司が変わったり、ロッテリアの制服でマクドナルドに昼ごはんを買いに行ったりなど、たのしいバイト生活であった。

ただ僕は学業のためにバイトにはいっていたので、出勤日の量が調整できないことが非常に不満だったんですね。もう少子化は始まっていて、アルバイトの人数を確保しきれていなかった。今思えば店長も苦労していたんでしょう。でもそんなことは僕には関係ないし、勉強がとても楽しくなっていた時期だったので、週6くらい働いてお金もいっぱい入って嬉しいけども、休めないならやめさせてほしい、という感じで喧嘩別れしてしまった。

またやりたいかというと、やってみたい仕事ですね。若い子がたくさんいるからです。自分より年上の人の情報なんて、どこに行っても手に入りますが、若い人の情報って手に入らないんですよ。特に、生の声、生の感覚というものは、おじさんにとってはすごく貴重です。デメリットは、ずっと帽子をかぶっていないといけないので、髪の毛が長めの僕は帽子の癖がついて帰り道かっこ悪くなる、というくらいのものです。

新聞配達

苦労人の定番、住み込み新聞配達です。このために、原付免許をとった。住み込みなので、仕事仲間は家族みたいな感じで接してくれましたし、温かい感じ、かと思いきや、僕の暮らしは結構きついものだった。個室が与えられるという契約で入ったんですが、入れ替わりの都合で僕は二人部屋にはいり、同期の相方が非常にマザコンクソ野郎だったんですね。3月の寒い夜に、「お母さんと電話するから部屋の外に出ていろ」とか言い出すアホで、よくよく考えるとそいつが外に出て電話すりゃいいだけの話なんですが、僕は寒い夜に長時間外で待機させられました。つらい。心の支えは、東北からやってきたおにいさんの喋り方がなんだかやさしい、というものだけでした。

仕事内容は、朝2時に起きて配達所に向かい、雨ならば新聞をビニールに入れる機械をガチャガチャやった後、目の前が見えなくなるほど新聞をバイクのかごに乗っけて、朝の立川をかっ飛ばすというもの。僕は団地の多いエリアに配属され、典型的もやし人間なのに朝から何十こもの階段を上り下りしました。結構心が折れそう。夕刊も配達。集金業務もやりました。勧誘はしたことないです。

このバイトも学費のためにやっていた。新聞奨学生というやつです。僕の親父が、金は出さんが絶対に大学に行かせたいということで、僕に無断で話をつけて決めた契約だったんですね。つまり条件も大して聞かないままに結論ファーストではいった環境だったので、いろいろボロがあった。まず僕は理系の学生だったので、学校にいる時間がすごく長かったんですが、そのことを誰も考慮しないままだったんですね。夕刊配達に間に合いません。それなのに、よくわからん理由で立川の配達所に配属された。僕の学校は八王子の先です。仕事が優先なので、何かがあったら立川まで戻らないといけない。僕は勉強するために働いているんだぞ。何より僕はそのころ勉強が多少できるようになっていて、大学から学費を免除されたので、働く理由が何もなくなってしまっていました。というわけで入学式を待たずしてやめてしまい、給料は受け取っていない。変な時期でやめたので、現場にはご迷惑もおかけしたでしょう。申し訳ないです。

しかしまあ、もう二度とやりたくない部類の仕事です。というかできない。なぜかというと、僕がもやしっこだからです。階段の上り下りが多いのは、心臓に故障を抱えている僕にはもう無理です。

セブン

学費がただになったとはいえ、教科書代や食費・交通費は稼ぐ必要があったので、バイトをすることにしました。大学の近くの某コンビニです。夕方勤務。ここはあまり良い思い出がない。なんかものすごく、店のメンバーとの相性が悪かったんですね。どう悪かったのかというと、コミュ障です。当時の僕ははじめましてのコミュニケーションのとり方がわからないタイプのコミュ障であり、店の皆さんもそんなかんじで、なかなか打ち解けられず。しかも店長が僕のシフト日を4月から変えたいとか言っていて、シフト変わったら人間関係もまた変わるから、まずは一生懸命仕事を覚えようとしたんですが、なんかコミュニケーションの量が少ないというクレームが入り、僕がへそを曲げた。僕は真面目人間なので、下っ端たる自分は無駄話を持ちかける前に仕事を覚えるべきだと思っていたんですが、店側はそう思っていなかったらしい。結局4月を待たずやめてしまいました。

イレブン

性懲りもなく、家の近くの某コンビニにお世話になることにしました。今度は深夜勤務です。この店には、非常にお世話になった。今の僕を作ってくれているお店です。家の近くだったので、特に中の良かった幼馴染二人とこの店で再会する、という現象が発生しました。親友N島くんは、なぜかギャル男になっていた。N岸くんは、こじらせオタクになっていた。僕もどちらかというとオタク側の人間になっていた。そして他のバイトの皆さんはギャル男が多かったので、みんなと遊びに行ったりはしなかったんだけど、それなりに上辺は仲良くやっていたと思います。

仕事内容は、コンビニなので、レジと品出し、掃除につきます。レジは覚えることがとにかく多い。まず貧乏人の僕は、コンビニのレジで売っているフランクフルトやらおでんやらというものを見たことがなかった。練り物が嫌いな僕はおでんの具の名前も、大根と卵以外はわからない。タバコも覚えないといけない。僕は当時喫煙者じゃありませんでした。タバコをはじめたのは26歳くらいのときです。宅急便だとか、料金支払いだとか、細かいオプションがいっぱいあり、不安でいっぱいでしたが、やってみるとなんとかなるものですね。知らない仕事でもなんとかなるという自信がつきました。

品出しや掃除も似たようなものだったんですが、僕は真面目な人間なので、きちっと仕事をやりたかったんですね。ロッテリアで学んだ、すばやく、美しく仕事をしよう、という感じでやっていたんですけど、深夜のコンビニというものはいかにサボるかを考える人間の集まる場所なので、真面目にやるのは僕だけという感じだったっぽい。そのためオーナーさんにはそこは評価してもらえていた。人間性は、まだ切れたナイフ*1だった僕のことを、温かい目で見てくれていた気がする。まあつまり協調性がない場合があり、3年のときの相方さんに「君が真面目に仕事をするせいで、僕がサボるのに罪悪感を抱かなければいけないから、ちゃんとサボってくれないと困る」というクレームを頂いたことがあります。その人は30歳にして生活保護の身で、仕事は基本的に何もしないし、オーナーがいない時間帯は全面的にバックヤードでタバコを吸うだけの男だった。どう考えてもふざけんなって話でしかないと思うんだけど、そういうのもうまくやるのが世の中ってものなのかもしれない。

お客さんのことを好きになることでいい感じの接客をする、ということも覚えた。深夜になると、工場勤務の若いにーちゃんたちが大量に店によってくれるんだけど、僕はそういう仕事をしている人がなぜか昔からすごく愛おしく感じる性格で、応援したいって思うんですね。なので、煙草の銘柄を覚えたり、ある程度融通がきいた接客をしたりとか、とにかく働く彼らのために僕も頑張って働こう、という感じでいられた。ヤクザみたいなオッサンも来るけど、僕は昔からなぜかヤクザを愛おしく感じる性格だったので、その人は職業上はヤクザでもなんでもなく見た目だけなんですが、店でだけの関係ですがその人とも仲良くしていた。あと、僕は老人が大嫌いな割に老人にとても優しいので人気があり、僕と会話したいがためになぜか一晩に1週間分の弁当を買っていくおばあさんとかがいた。賞味期限、そんなに持たないですよ。

結局この仕事は卒業するまで続け、週2で深夜のバイトをして、翌日は学校で眠ってしまうけど、眠ってしまっても友達にノートを見せてもらえれば勉強は成立する授業の前日にシフトを入れる感じでやっていった。この仕事は、もう一度やりたいかというとそうでもない。やるなら僕は深夜がいいんだけど、深夜はおじさんの集まりだからね...。仕事的にも新しい発見がなさそうだし、小遣い稼ぎだとしても今からやる意味はあんまりないです。学生のバイトで、あんまり種類をやりたくない人にはとても良いと思う。

引っ越し屋さん

僕はコンビニのバイトをしながらも、引っ越し屋のアルバイトをしていた。当時丸善で限定発売された、梶井基次郎檸檬をモチーフにした黄色い万年筆が、どうしても欲しかったからです。引っ越し屋の仕事は好きな量で働けるということだったので、体力仕事だけど、週に1回あるかないかのペースならやれると思ったんですね。そして学生のバイトにしては給料が良い。

引っ越し屋さんって、筋肉バカレベルで強いやつじゃないとできない仕事だと思っていたんですが、それは間違いだとわかりました。現代的な引っ越し屋さんは、力があまりなくても、大きな物を運ぶ体の使い方や道具を取り揃えています。責任の少ないアルバイトにお客さんの家財を任せるのだから、当然といえば当然ですね。わかくてきれいな女の人も働いていたくらいです。また、体力も、休み休みですし、無理は絶対させません。僕の経験した新聞屋は筋肉バカレベルの集う場所であったというのもあり結構無理をさせる文化だったので、これは結構なカルチャーショックでした。一日に3件くらい場所が変わるので、移動の時間で結構体力も回復します。

とはいえ、とにかく朝が早くて、深夜の仕事をメインで持っている僕にはちょっと厳しくて、3回位出勤して、次の予定を入れなくなってしまいました。檸檬万年筆も買えたし。今だったら、年に1,2回位はやってもいいかな、と思います。引っ越しっていろんなお客さんがいるので、それを見ることができるだけでも、自分のなにかの糧になると思います。

オフィス移転

社会人になっても僕はバイトが好きだったのと、逃れられない生活苦もあり、単発派遣のバイトをしてました。

オフィス移転は、引っ越しの仕事みたいなものです。違いは、規模です。オフィスなので、結構な量のものを動かさねばならず、人数も十倍とかになります。すると、チームワークが大事になってきます。リーダー職の人がいて、引っ越しの工程計画があって、それをメンバーに指示し、メンバーは何も考えず黙々と物を運びます。

また、養生という概念があり、床や壁を物体の衝突から保護する板とかを敷く作業なんですが、これは荷物が多いので台車で物を運ぶ事が多いためです。養生の方法にはセオリーがあり、単発派遣なので誰も教えてくれません。単発派遣という割には、毎日同じようなオフィス移転をやっている人たちばかりなので教育が必要ないのと、一日でお別れするかもしれないアルバイトに教育のコストを掛けるのがバカバカしいというのが理由です。わからないことは自分で聞く。僕はもう社会人になっていたので、このへんに辛さはなかったです。

この仕事は、コミュ障の人は絶対にやらないほうがいいと思う。つらいだけです。というか、見ていてつらい人が結構いました。その日限りの関係だと、こいつはハズレだなみたいな陰口は発生しやすいですし、実際チームワークなのでコミュ障未経験だと仕事の役に全く立たない。かといってコミュニケーションの機会が多い仕事でもないので、優しい人がフォローもできず、孤立度合いが大きすぎます。ただ、一生これをやっていくと思っているなら挑戦するのはありかもしれません。

僕は結局20件位はやりました。この仕事は、もうやらないと思います。単発バイトの割に、ずっとこれをやっていくのだという人がたくさんいらして、単発で参加すると迷惑な感じであり、僕は単発でないとこういう仕事をやる意味がない位置にいるので、やらない、ということです。ただ、場所は言えませんが、普通じゃないところ(もはやオフィスでもない場所)に結構出入りできるので、面白いと思います。普通じゃないところがどこなのか知りたい人は、僕に個人的に聞きに来てください。ビール3杯と引き換え(それくらいは価値がある情報だと思う)で教えます。

駐車場警備

その名の通り、駐車場を警備します。場所は老舗デパート。老舗デパートという場所は、バカでかい高級車ばかりやってくるわりに、老舗であるがゆえに駐車場の規格が古くて狭い。3こスペースがあったら、大きい車は2台しか止まれない。なので、台数管理の仕事も含まれます。台数管理、治安維持、駐車場案内が基本。

この仕事は、プログラマーにわかりやすい言葉で説明しちゃいますが、通信プロトコルを頭に叩き込み、HTTPをしゃべる仕事です。無線を全員が携帯して、通信ルールに従って最小限の言葉で必要十分なコミュニケーションをします。仕事の流れというものは大まかにしか決まっておらず、全員が一定のルールに従って独立して動き、本部が支持を出すことがものすごく少ない。そのため、各位が通信ルールをしっかりと把握し、情報を受信したときに何をするかが適切に判断できる様になる必要があります。これはプログラマーは楽しく感じる仕事だと思います。現場に入ってみると、こんな美しいシステム、しかも人間だけで構成されたものがあるのかと感動すると思います。楽しすぎてまる3ヶ月位やってしまった。

ちょっとつらいのは、高級車に乗ってくるお客様の2割はモンスター感があり、さらにそのうちの5%は、デパート側から「この方はお客様とみなしません」と判断された方だということです。でも、表面上はうまくやらないといけない、その緩衝レイヤーが駐車場警備隊。個人的に厳しいと思ったのは、若いおねーちゃんを助手席に載せたカウンタックが調子に乗って周りの車を威嚇してきたことと、障害者スペースだから車よけコーンをおいている作業中にもかかわらず僕を轢くくらいの勢いで全速で突っ込んでくる車がいたことです。要するに治安の悪さですね。でも反面、お金持ちなのでマナーのとても良いお客様というのもたくさんいらっしゃいました。僕の言葉遣いがいま唐突によくなっているのもそのためです。

これは、はじめてバイトする人には向かないと思います。難しい割に、おいしいことが特にない。でも、わかるとものすごく楽しいです。あと、高級車をたくさん見ることができます。もはや名前もわからんレベルの外車を毎日見ることができて、楽しかった。ただ、ちびっこが他のお客さんのベンツのエンブレムを触りだしたりして、ちょっと怖かったりもしますが、ベンツとBMWプリウスは多すぎて、もはやザコという扱いに頭の中が変わってしまうのが一番怖いところです。

苗を植える

なぞの仕事、苗を植える業です。ひたすら苗を植えます。この仕事は謎です。なにしろ、一日にここまでやらなければいけないという目標がない。何をしたら正解なのかもよくわからない。ただ、苗を植えます。苗を植えるための安全講習が30分あります。なぜかヘルメットを被り、安全帯というものを装着します。使いません。派遣のバイトなのに、派遣のWEBシステムの募集日と実態が違っているので、偉いバイトの人(社員とかそういうのではない、ただのバイトの人)に日程を聞かないと次の仕事にはいれません。いろいろとよくわからない感じなんだけど、誰かがやらないといけない仕事なので、やります。なぞすぎて楽しいので、機会があったら挑戦してください。僕は2回ほどやりました。

相談にのる

人生、いろいろやっているとですね、相談にのるという仕事が舞い込んでくるんですね。基本的に相談でお金を取ることはないんですが、専門知識が必要で責任も発生する場合には、お金を取ることになります。これはなんていうかフリーランスとしての仕事のような気もするのですが、当時僕は会社員だったので、バイトです。こういう楽な仕事ができるよう、日々成長していきたいですね。楽と言っても、責任は結構重かったりします。

*1:出川感