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karashi39とはいったい

夢と希望と明日と正義を讃える

傘の話

まえおき

誰かがどっかで書いてそうな話ですが、思いついたので書きます。

ビニール傘盗まれることってありますよね。
コンビニの傘立てとか、盗まれて治安悪いなって思う人と、
ビニール傘だからいいでしょって盗んでいく人がいますね。
あと、ビニール傘が邪魔だから傘立てに廃棄していく人もいます。
ここ重要。

ほったん

会社の後輩が大阪で働いていた時に、
傘を盗まれたことを先輩に愚痴ったみたいです。
というエピソードを最近聞いたんです。

後輩「傘盗まれたんですよ」
先輩「ビニール傘やったんか?」
後輩「はい」
先輩「そらしゃーないわ」

というやりとりがあったそうです。
そのとき後輩が思ったことというのが、私にとっては意外だった。

後輩「この先輩、くそだな」

というものだそうで。

こうさつ

傘を盗んだやつじゃなくて、
しゃーないわと言ってきた先輩がくそっていうのは、
なんかずれた認識だと思いました。
いや、感情的に、泥棒の肩を持つやつをくそって思うのはわかるんですが、
直感的に、先輩の立場は別物なんじゃないかと思ったんです。

私は傘を盗んだりはしませんが、先輩の意見には同意です。

要するに、
世の中にはビニ傘ならパクっていいと認識している人がいて、
みんなそれは周知の事実で、取られたくない人はコンビニの傘立てに傘をおかず、
店内で持ち歩いて防衛するじゃないですか。

それは会社のなかでも例外ではない。
なにしろ毎年大掃除のときには会社の傘立てにたまったビニール傘を大量に廃棄するので、
みんな結局すてるなら有効活用しようと思う人がいても不思議じゃない。
会社に置いてある大量のビニール傘は共有財産という認識が生まれるわけです。

そういう現実があるのだから、
盗まれたくないのなら傘立てに置くこと自体、無防備というか、
捨て置き傘と区別できない状態にしている方にも原因はあるということです。

たとえば

これは、アメリカにいったときに、カバンを地面においてよそ見をして、
スラムな雰囲気の人々にカバンを盗まれるやつっているじゃないですか。

それと同じ性質の問題であって、悪いのは泥棒なんですが、
そういう社会に自分がいることを認識しているのに無防備になって、
泥棒が一方的に悪いとわめくのは大人のすることじゃない。
そういうことを関西の先輩は伝えようとしたんだと思います。

先輩の発言には説明不足感はありますが、
大人ならそれくらい想像できてしかるべきです。

ちあんのはなし

日本人の多くは治安は良いのが当然で、
何も努力しなくても自分の権利を侵害されることがないのが当然と思っています。
しかし、海外に行けばそんな甘い考えは通じないということを実感するじゃないですか。

日本も、実は思っているほど治安よくないですよ。
それくらい、就職するくらいの年齢になればわかってくることじゃないですか。
それをちょっと傘をパクられたくらいで、しかもパクった犯人でもない先輩を
クソ呼ばわりしてまうのは、うーん、という感じ。

というか

これは治安の問題じゃないですね。

こういう現実があるんだよ、
という事を教えてくれる人生の先輩の意見を素直に受け止められずに、
自分を非難するこいつはクソだからこいつの話はもう聞かない、
みたいな考え方で生きていると、いつまでも子供のままです。

じつは

この記事は自己言及的なものになっていて、
逆に、ビニ傘パクられたならしゃーないわと言うだけでクソだと評価される
という現実があるわけで、現実を受け入れる準備ができていない人に
現実はこうですよと伝えるのは、あまり得策ではないという話なのです。

ようは、犬に聖なるものをやるなっていうことわざですね。
自分の意見を述べるときは、相手を見ながらじゃないと、損しかしないと学びました。
という話を不特定多数が見るブログに書くっていうことも、自己言及的です。