karashi39とはいったい

夢と希望と明日と正義を讃える

KIRIN はどうなった!? お前らもっと浸透させる努力をしろよ

とりあえず、この記事を貼っておくけど、もう読まなくてもわかりますね

hatenanews.com

彼女(彼氏)居ない歴=年齢

Kanojo(Kareshi) Inai Reki Iko-ru Nenrei

KIRIN

初出は2010年っぽい。当時の僕は感動に震え、この言葉を流行らせていこう、というか浸透させた方が良い、便利な略称だ、そう思った

なので、事あるごとに、この「KIRIN」という言葉を使うようにしていたんだけども

2019年になっても一向に浸透していないので、この説明をしなければいけない

どうなってるんだよ、お前らもうちょっと頑張れ、このラガードどもめが!!!!

というわけで本当に言いたいのはこっちです

ferret-plus.com

イノベーター理論というのは、理論というかまずは人を分類した感じの話です

これは見方を変えると、どれだけ新しいものに抵抗があるかって軸なわけです

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  • 新しいものに抵抗が一切ない層 (イノベーター)
  • 良いものなら新しいものに抵抗がない層 (アーリーアダプター)
  • 話題になっていれば新しいものに抵抗がない層 (アーリーマジョリティー)
  • 多数派の意見ならば新しいものに抵抗がない層 (レイトマジョリティー)
  • 新しいものには全て抵抗がある層 (ラガード)

こんな用語がそもそもわかりにくいので、僕なりの言葉を考えました

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  • イノベーター 変人アピール (みんなと違うことをとにかくしたい)
  • アーリーアダプター 自己中人間 (人の意見は無視、自分の価値観だけで全てを判断)
  • アーリーマジョリティー ミーハー (流行っていると感じたら乗り遅れたくない)
  • レイトマジョリティー 優柔不断 (人の意見が全てで判断力のない能無し)
  • ラガード 老害 (自分より年下のものは全て敵、概念や物体も例外ではない)

僕は変人アピールと自己中人間の狭間にいます

そして、キャズムというものがあって、自己中人間とミーハーの間にキャズムという谷が存在するのだけど

ミーハー以降の人間は全員、自分の一個前の段階の人間が食いついていないものには興味を示さないわけですね

だから流行ってないものに対しては全員 老害 になるわけですよ

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それってどうなの、もうちょっと考えろよ、ってKIRINの話をするたびに思っております

リスクを冒すことを覚えてからが本当のオセロ

オセロで全然勝てない、という初心者に向けてのアドバイスは、これを教えれば完璧!というものを記事にしてみました。


いったん、自分の石が黒であるものとして図を見ていってほしい

角を取る戦い

オセロは、挟んで色をひっくり返すゲームなのだから、これ以上挟みようがない角を取れば、そこを基準に端の列を全て獲得することができる

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仮に4隅を全て獲得して端の列を全て自分の色にすることができればそれだけで28個を自分の色にできる

オセロは64マスあるので、勝利のためには32個以上獲得する必要があるが、4隅を取ればのこり4個なのだから、楽勝ということになる

オセロは角を取る戦いだと、誰もが教えてもらう

レッドゾーンに置かせる戦い

オセロは、挟んで色をひっくり返すゲームなのだから、敵の石の隣にしか自分の石を置けない

なので角を取るためには、角の周り3箇所に相手の石を置かせる必要がある

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逆に言えばつまり、角の周り3箇所はオセロにおいて絶対に石を置いてはいけないレッドゾーンだ、と言える

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なので、レッドゾーンに相手が石を置かざるを得ないよう、レッドゾーンの周り5箇所に自分の石を置くよう、ゲームを進める必要がある

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レッドゾーンに 置かせる 置く戦い

ところで、レッドゾーンのへ置かせ合いに突入するまでの攻防を考えると、オセロのマス目の数は偶数なので、どうしても最初にレッドゾーンに石を置くのは先行の黒になってしまう

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つまり、先行黒である場合は常に、1個だけレッドゾーンに黒を置きながら戦わなければいけない

その場合、絶対に角を取られないように、このような置き方をすることになる

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https://www.playok.com/ja/reversi/

端の列のどこにも白がないので、当面は角を取られることはない

ただし、ここで白が1個レッドゾーンに置けば、黒ももう1つレッドゾーンに置かなければいけない

また、レッドゾーンに自分の石を置いてしまっているのだから、下手をすれば角を取られかねない

オセロは角を取る戦いではなく、実際は どれだけ安全にレッドゾーンを取るか? という戦いになっている


もし文字で伝えるとしたら、こうなります

角を取る
ために角の周り3箇所に置かせる
ためにその周り5箇所に置く
普通にやると先行黒が最初に5箇所のところに置く羽目になるので
黒は5箇所のところで安全な場所をみつけて1箇所先に置かなくてはいけない

結構シンプルだし、すぐに理解できてすぐに覚えられてすぐに実践できるのではないだろうか

なお、この先にも難しい攻防があるのかもしれないけど、初心者には覚えきれないし、僕も知らん

というかこの方法だけでは上級者には全く勝てない、しかし脱初心者のためには押さえておかないといけないことだと思う

ここからが本当のオセロなのではないかな

「待つ」のは本当に無理なんだってば

待つのは無理なんです。何事も。どうもわかってもらえていない気がしながら、32年も生きてしまった。耐え続けてきたということです。

子供が駄々をこねて「ピーマン嫌い」というレベルで待つのが嫌なんじゃなくて、ピーナツアレルギーの人間がピーナツを食べたら泡を吹いて死ぬレベルで、無理なんです。だから待たせるのは本当にやめてほしいし、1秒でも無意味な「待たせ」をする人間とは関わりたくない。というより、関わってはいけない。それで何度も何度も死んできました。今も、ストレス性の喘息が止まらなくなっていて、もう我慢の限界でこのような文章を公開することに決めた。

このことが理解できていなかったのだとしても、僕は普段から「待つのは嫌い」だということを公言しまくっているわけだから、ちょっと配慮があったっていいだろう。もう僕も大人です。僕がピーマンが嫌いと言っているんだったら、無理に食べさせますか?しないでしょ?それをしてくる人間という時点でもうすでに関わりたくない嫌な奴です。

遅刻なんかはどうでもいい。物理的に遅いだけだろう。君が急いだって電車は早く着かない。寝坊だって仕方ないだろ、睡眠は生理現象なんだから。そういうのじゃなくて、不安だとか、甘えだとか、ヘンテコな駆け引きとかで待たされるのが本当に無理なんだ。つまり、意思の選択の余地がある「待たせ」が無理。

無意味でも無配慮でもなく、やむにやまれず待たせる事情があるのかもしれないが、ニュータイプである僕はその事情を全て読み取れてしまうし、僕の死と引き換えにでも待たせなければいけない事情なんか結局僕にとっては苦しいものでしかないので、ダメなんです。特に、やむにやまれない事情が「意思」である人種は、もう本当に無理です。そういう人たちにも僕は優しくしてしまうから、命がガンガン削り取られていく。

もちろん、僕の方から「待つ」という譲歩をする場合もある。大切な人が、きちんと迷う時間が必要なことはわかっているから。だからってむやみに待たせたらダメだって、考えなくてもわかりません?こっちはピーナツを食べたら泡を吹いて死ぬ人間なんです。「食べても大丈夫」と言っているわけではなくて、「最悪死ぬかもしれないけど、君のために我慢して食べるよ」と言っているの。わかるでしょ、いつも「待つのは無理」って言ってるんだから。僕の方で状況を見た結果、待つしかないから仕方なく「待ちます」とは言っているけど、それに甘えてピーナツを何個も口の中に突っ込んでこないでくれ。死んじゃうから。

とにかく、待つのは無理なんだ。僕が泡を吹いて死んだらわかるのか?わかっていなかった人は、いますぐ考え直してくれ。

君もコンピュータァーになろう

コンピュータァーって、すごいですよね、すごいし、便利

俺もコンピュータァーになりたい、どうやったらなれるのかな

考えてみました

その1 コンピュータァーの構造のように動いてみよう

コンピュータァーの構造

コンピュータァーにはいろんな部品が詰まってますが、大事なのは、

  • CPU: 考える部分
  • RAM: 作業用スペース (速いけど、保存に適さない)
  • HDD: 保存用スペース (遅いけど、保存に適する)

HDDが最近は速くて保存に適するSSDとかって話もありますが、とにかくこれが基本ね

わかりにくいので、身近な例え

こうやって考えるとカンタンです

  • CPU: 考える部分 =>
  • RAM: 作業用スペース =>
  • HDD: 保存用スペース =>

作業をするのはです。たとえばコンピュータァーが何らかのデータを作成していくような処理は、人間で言えばノートになんかを書く作業ということになります。コンピュータァーの場合は、作業の中心はCPUです。

ただし、人間が立ちっぱ状態でノートに何かを書いていくのは大変なので、が必要になるわけです。作業用スペースですね。机が広いほど、いろんなノートやら資料やらオヤツのチョコパイやらを置くことができる。どでかい図鑑とかも、でかい机になら置いて作業することができる。

コンピュータァーなら、作業用スペースであるRAMが大きいほど、たくさんのアプリを同時に動かしたりとか、一個あたりの使用量が大きいアプリを動かしたりできるわけです。

ただし、机の上はちょくちょく片付けないと嫌になってしまうというか、別の作業ができないので、に片付けます。棚にものを取りに行くのは、机の上にものを置くよりは時間がかかりますけど、いっぱいしまえるし、なんていうか役割分担ですよね。必要ないものは片付けておけば、作業も快適なはず。

HDDもそういった役割です。保存するためだけの場所です。コンピュータァーの動きが悪いからってたまにHDDの中のものを減らす人がいますが、棚をスッカスカにしても、別に作業は効率よくなりません。棚にものを取りに行く時だけ楽になるだけです。机を綺麗にしなきゃだめよ。

さらにそれを人間に当てはめてみる

こう、この人/机/棚という3つを、全て人間の中に入れてみましょう。すると、僕らは記憶装置に関して、作業用も保存用も、自分の脳みそでやっちゃっていることがわかります。役割分担できてない。効率悪い。

特に、考えることを大事にしているならば、机の上は常に綺麗にしておきたいよね。だから、

  • CPU: 考える部分 => 人 => 知能
  • RAM: 作業用スペース => 机 => 記憶
  • HDD: 保存用スペース => 棚 => メモ帳

みたいに分担します。いまいまの作業に必要ないものは、全て自分の外に出してしまう。

スケジュール帳にメモる。Trelloに登録しておく。ツイッターに吐き出す。そういうことです。予定とか、やらなきゃいけないこととか、思いついた面白いこととか、ぜーんぶ、自分の外。今目の前にある考えなきゃいけないもの以外は、全部どっかに出してしまいましょう。

ただし予定とかは、完全に忘れてすっぽかしちゃうといけないから、思い出すべきタイミングをその都度考えて、リマインド通知が飛んでくる場所に書き出しておくと良いですね。Google カレンダーとかで良いと思う。

どうすか

よくわかんないと思うけど、要約すると

僕らは作業/保存スペースの両方を脳の中でやってるけど、それは効率が悪そうだから、保存スペースは全部外に出そう

という話です。この一文を書いた時に、「あー、これ、1回ツイートすれば終わる話だったわ」って思った。

なので、以降、続きを書きます。そのうち。

注意事項

これをやると、思いついたことは基本的にどこかしらに出さないといけなくなるので、まあなんていうか黒いものも全部出すことになるし、心の狭いやつらには嫌われていくよね。でもそんなのどうでもいい、俺は自分の頭が回転することに集中したいんだ。

同時に処理する機能を真似てみる (CPUをいい感じにするには)

ヒュージページというものがあってな (RAMをいい感じにするには)

最近誰もやらないディスクのデフラグ (HDDをいい感じにするには)

ディスクスワップという仕組みを今更 (RAMとHDDの連携みたいなさ)

再起動の重要性 (記憶を無くすまで酒飲んで寝ろ)

MECEって結局どうしたらいいの

というのが、長年言葉にできずにいたのですが、このたび、しました

じゃっかん機嫌が悪いので、言葉遣いが荒いですがご容赦ください

MECE(ミーシー)とは

モレなくダブリなくの略だそうです。これ以上の有益な情報はないので、ググらなくていい。

MECEにするには?

ちょっとカッコつけた言い方かもしれませんが、世界を分割するだけです。

たとえば、ゴルフをする人間か、しない人間か、で分ける

こういうことです。Yes/Noで答えられる質問を分割線として、世界をキレイにわけること、これがMECEです。

全体に対して分割線を引いて分けているのだから、モレることは基本的にはありません。

しかし

実はこの分け方はダメです「あなたはゴルフをしますか?しませんか?」と聞かれた時に

「うーん、まあ、基本はしないけど、数年に一回くらい、打ちっ放しに付き合いでいくかも...」みたいな、なにやらモゴモゴした女の腐ったような回答をするアホが、時々いますね。

こういうどっちつかずのアホが出てくる質問は、本当はダメです。両方に属しようとしたらできてしまうのでは、ダブリになりますから。

なので、正確に行くと「あなたは現時点で、打ちっ放し含む、ゴルフを1度でもした経験がありますか?」で分けないといけません。

Yes/No以外の分け方もある

たとえば、数字で分ける方法。0〜19才と20〜65才、66〜才で分ける。基準がきっかりしてれば、MECEに分けることができます。

数字じゃなくても、体系化された分類に乗っ取って分けてしまうのは良い手です。たとえばホイタッカーの5界説に則り、モネラ/原生生物//植物/動物 に分けるなど。実は学問上はダブリが発生してるかもしれませんが、その辺は有効数字という概念を勉強してください。お前ら全員工学部に行け。

また、今の時点で、この分け方になんの意味があるのかなんて考えてるやつはアホです。今は、キレイに分ける、ただそれだけの話をしているんです。

とはいえ常識は必要

有効数字の概念があっても、原理的にそもそもダメな分け方があります。

たとえば、日本人かそれ以外かで分けるのはOKです。でも、この感じで行って、各国籍(+国籍なし)で分けるのはMECEにはなりません。日本人は国籍を一つしか持てませんから*1、そこでYes/NoにするのはOK。しかし、多重国籍が可能な国ってのも存在するわけで、そこを分割線にしたら、ダブってしまいます。

というわけで、知識みたいなくだらないものは論理の領域ではないような気がしがちですけど、分け方が適切かを考える上では知識的な常識が必要になることがあります。残念ですね。

Open/Closed Question ってあるよね

もう、端的に言うと、MECEにしたいなら、ClosedなQuestion、つまり、決まった回答の中から選ばなければ行けない質問で、分けるようにしてください。アンケートでもあるでしょ、Yes/Noのやつとか、複数選択肢一択のやつとか。

何個でもチェックをつけていいのはダメですし、完全にOpenなQuestionである自由記述とかは、MECEにする上ではホントダメです。

なので、Open/Closed Question の概念がない人には、そもそもMECEの話はわかりません。

ふつう、組み合わせて使う

こんなん説明しないでも想像できていると思いますが、分割線は何個か引いて、組み合わせて使います。

たとえば視聴率の分け方 F1, F2, F3, M1, M2, M3... といったものは、(1) 男か女か?という分割線 と、(2)年齢で区切った分割線MECEにしてますよね。ただし、C, Tといった未成年に対しては性別による分け方を導入していないので、MECEの例としてはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、応用編になってます。

僕がイラついていること

あのね、一を聞いて十を知るってあるじゃないですか。一、そんな頑張って説明しなくても良くない?最初から十を言ってくれ。そしたら一から九までは補完するんだから。

こういう情報を調べると、基本的には一に該当するような、他のサイトにも書いてあるような内容が、絵と色と文章の量と広告のうざったさだけを変えただけでいっぱい出てくるのが、非常にイラつくんですね。「モレなくダブリなく」ってどういうこと?じゃないんだよ。わかるよそれは。図なんかいらないよ*2。わかるだろ。みんな、その先が、イメージできないの。

もちろんMECEに関しては僕の説明が十に該当するものではないでしょうけど、少なくともこの説明をしてくれてれば、僕の世界はもっと早くひらけていたと思うし、こんなもの、自分で発見することの価値なんかどこにもありません。先に答えを言え。

あと、概念を理解するための記事で、ミーシーだとかミッシーだとかいった、読み方のパターン出しなんかしてなんの意味があるんだよ*3。何かやるなら旗を振って統一するくらいのことはしろ。こんなもの、古い人間に配慮して何の意味があるんだ?バカか。みなさん今日から僕に合わせてミーシーって読んでください。DBはデービー、intはイントです。読み方が変わって困るやつが仮にいたとしたら、そんなめんどくせえやつは困らせろ。あと、誰かが旗を振り出したら僕はそれに合わせます。

今日のダジャレ

ミーシーんーでーひーらーいーてー

ここがメインコンテンツのはずなんですが、底が見えないレベルで雑になっていっています。

*1:そのはずだよね?ね?ね?

*2:余談ですが、言葉で理解するのが苦手なので図で説明されたいという人種に対し長年配慮してやってきましたが、よくよく考えたら、そいつらは頑張って文章から自分で図を描け、という話なのであった。プレゼンとかだったら別ですけども

*3:様々な発音がありますねっていうのは、語学の問題なので、MECEの説明でいちいち出してくることは馬鹿げていると思います

「合法的にJKを楽しむ」問題

ことのおこり

インターネットの海をさまよっていたら、こんな話がなされていた。

合法的にJKを楽しむには、高校3年の時に高校1年の彼女を作るのがベストではないか?

なに言ってんだこいつ?って思ったのだけど、察するに、

  • 高校を出てしまったら、JKには手を出してはいけない
  • しかし、過去からの関係を継続するのは、問題がない
  • また、高校生同士の恋愛は許されている

という事を、この投稿者は考えているようだ。

ベストアンサー

正解になるのかはわからないが、僕の出した答えは

その方式がOKなのであれば、小学6年の時に小学1年の彼女を作るのがベスト

というものだ。全部、ルールまもってるでしょ?

一点、ずるいと言うか、拡大解釈しているのは、 高校生同士の恋愛が許されているならば、当然 小学生同士の恋愛も許されていることになるであろう、とした事だ。まあ、そのような前提も僕が勝手に察したものなので、これくらいの拡大解釈は良いだろう。

予想される反論を考える

基本的に、他人の意見を否定したり、多少改変したりするような事を口にするときは、予想される反論を考えておくべきだ。それをしないで口を開く事を許してしまえば、世紀末世界が訪れるだろう。するとまもなく、汚物たる僕らは、消毒されてしまう。

予想されたのは拡大解釈して小学生同士の恋愛としたところにある。要するに「予想される反論」とは、小学6年生の男子が、小学1年生の彼女を作ることは、無理があるのではないか?ということだ。

予想される反論への反論

予想される反論への反論は、自分がすべき反論だ。この、反論への反論をしなくて済むかどうかが、相手が会話に値する人物かどうかを見極める重要な鍵になる。

まず前提として、そんなの人それぞれである、という話がある。厳重に注意しておくが、これはあくまで前提であって、結論ではない。人それぞれなどといった当たり前のことを結論として披露して鼻を高くしているやつは、自分の知能が猿に毛が生えた程度である*1ことを自慢しているに過ぎない。とにかく、人それぞれ、という前提は常に存在している。

その前提を踏まえても、小学6年生の男子が、小学1年生の彼女を作るということは、不可能寄りの作戦ではないだろうか。その点には、僕も同意する。人それぞれとは言っても、例えばここに小学6年生の男子を10000人用意したとして、それを実行可能な人数は、1に満たないだろう。0.005人とか、そういう数、つまり小数だ。ほぼ無理だ。将来、合法的にJKを楽しむためである、という動機を理解してもらった上でだとしても、だ。

しかし、ちょっとまってくれ。その反論は 抽象度が違う 。勝手な都合で自在に話題の抽象度を変更することは、許されてはならない。

そもそもの問題提起の時点で、暗黙のうちに無視することに取り決めた抽象度の反論がある。それは、 合法的にJKを楽しむと言うような目的で、高校3年生が高校1年生の彼女を作る、と言うことは、人それぞれという前提はあっても、現実にはほぼ不可能だろう ということだ。

高校時代を思い出して欲しい。彼女は、ある程度普通にしていれば、まあまあ誰でも作れそうなものだ。しかし、合法的にJKを楽しむために、誰かを好きになって付き合うのではなく、年齢重視で高校1年生の女子を落とす、というようなことは、難しい。女子からしても、そのような男子は気持ちが悪いので付き合いたくない。そして、それが可能なイケメンの存在について、先ほどの数字の話を思い出して欲しい。同じ土俵で比べるなら、こちらも現実にはほぼ不可能という扱いになるのだ。

とにかく、そのレベルの具体性の反論は無視する、という約束の上で、このような話をしているのだ。僕の出した「ザ・小学生大作戦」に対してだけ、現実にはほぼ不可能 というような抽象度の反論を持ち出すことはできない。それをすれば、話の根本が破綻する。

抽象度という言葉

これは、僕が勝手に使っている言葉だ。既存の言葉で、名前空間的に衝突しそうなモノがあるかどうかは知らない。そのことを無視すれば、とても適切な表現だと、自分では思っている。抽象度は、具体度と言っても差し支えない。ただし、逆数の関係ではある。具体的抽象的の逆の言葉だからだ。熱いの逆が冷たいのと同じだ。

抽象度が高いということは、逆に言えばものすごく具体性が低いということだ。全人類に当てはまるような話ということになる。抽象度を低くすれば、具体度は高いということであり、ものすごく具体的な、特定個人においての話になったりする。

このことが理解できたならば、いちいち「人それぞれ」などという話を持ち出すのも馬鹿げていることがわかるだろう。人それぞれということはつまり、最大限具体的、つまり個人のケースに当てはめなければわからないということだ。具体度が最高レベルということは、抽象度は最低レベルということだ。ほとんどの場合において、はじめから、極端すぎて検討が不可能であろう最低抽象度の議論は除外したレベルで会話をしているのである。

そして、勝手に抽象度を変えたら、話は根本から破綻してしまう。抽象度を変えたら、それまでの段積みの道中で暗黙に無視したものを復活させなければならなくなるし、問題提起にすら暗黙の無視が含まれているのだから、この話はなかったことになる。

このような意味不明で堅苦しい説明が理解できなくても、それこそ高校生くらいなら肌感で理解できる話だ。人それぞれで話を終わらして悦に入ってるやつは、この会話において自分が何も役に立っていないことすら理解できていない愚か者なのだ。人それぞれなんて言われたら、そもそも話をする必要がないじゃないか。

ところで

話題を持ち出した本人である、かの投稿者は、こんなわけのわからんことは一切口にせず、

それだ!!!!

と嬉しそうにしていた。どうやら、この作戦に則れば5歳も年下のJKを合法的に楽しむことができることに気がつき、明るい未来を想像して、とても幸せな気持ちになった様子であった。

ところで、 JKを楽しむ というのはどういう事なのであろうか?このこともまた違った抽象度の話なので、突っ込まないでおく。

しかし同時に、なんだか不穏な気配も感じた。その内容を抽象的に説明するとしたら、なんらかの非合法行為が発覚した際に、僕のベストアンサーを、その行為が合法であるとの主張に利用されかねない、ということだ。それはなんだか後味が悪いので、仕方がないから、

ナイスなアイディアだろう。手遅れである点を除けばな。

という、抽象度を勝手に変更した卑怯な補足をしておいた。話者の年齢がいくつかであるかは本来、この会話では無視すべき、別の抽象度の問題である。

今日のダジャレ

円光とは、援助交際の隠語ではない。たんに、名探偵コナンの登場人物の名称、円谷光彦、を省略したものだ。

ダジャレになるかどうかは怪しいところだが...


*1:なお、猿には毛が生えている

敬語でもタメ語でも別にどっちでもいいんだぞ

幅広い年齢の人と付き合いがあり、特に言葉遣いについて、年下の子はものすごく気を使っているんじゃないかなと思った。*1

年下だろうが年上だろうが、友達だったらタメ語で接してもらった方が楽ではある、しかし敬語には敬語の良さがあるので、どっちでもいいぞ、という話を書きます。

また、先に断っておくけども、仕事の関係だったら、年上だろうが年下だろうが、絶対敬語の方が良いと思うぞ。*2

切り替えると変な感じが発生する

普段、敬語/タメ語のどちらで話すのか?というのは、結構固定されたものになりがち。

片方が敬語、もう片方がタメ語、という感じになると、なんだか上下関係が発生するみたいで嫌な気がしますが、 敬語かタメ語かということだけで、人の上下が決まってしまうような不思議な効果について人々は無意識のうちに了解しているっぽい。 そして、人間関係においての上下関係はなかなか変化しないというのも、なんだか人々の無意識のなかで了解されているっぽい。

このような朱子学的な発想は実にくだらん、とも思うし、語尾だけで朱子学を実践できる日本語は多機能である、とも思う。

とにかくそのような事情があって、敬語とタメ語を切り替えると、なんだか関係性が変わったかのような気配をみなさまが無意識のうちに察知して、無意識のうちにムムッという顔をして、無意識のうちに不穏な気持ちになる。

ところで、僕はボケたいしツッコミたい

予想に反してこのパートは理屈っぽいので、飛ばしても良いぞ

僕は、というか人は皆そうだと思うのだけど、友達には好意的な関係を求めています。敵対したいとは思っていないと言うことね。

では、敵対とは何か?というと、利害関係においての方向の不一致であり、その状態にならないためには、利害関係にならなければ良い。 利害のある関係を全て拒絶するわけではない。お客さんも、仕事の仲間も、家族みたいなものも、生命を維持するために必要な、利害関係です。 が、この利害関係は、ふとした拍子に対立が生じて、最悪の場合、自分の生命を脅かす関係になりかねない。

利害のある関係は極力少なくして、友達とは、利害のなさそうな関係であることを常に確認し合うことが僕には必要なんです。 なので、ユーモアというものを非常に重要視します。これは、面白い人間だと思われたい、とかではないので、面白い必要はない。 とにかく、利害関係ではないということを確認するためのユーモアが僕と君にとっての酸素である。それが僕の生き方な訳ですね。

また、ふざけているだけで済ませられる関係のところを勝手に利害関係として扱ったり、利害のない関係は不愉快だ(つまり、ふざけているやつは不愉快だ)と叫び出す奴も、場合によっては敵対者になるわけです。

小難しい説明を書きましたが、僕がふざけているのはこのようなことを理論的に考案した上で日々実践している...とかではない。 今回、無意識無意識言いまくった関係で自分の無意識を見つめ直してみたらこんな話がでてきたけど、普段は何も考えずふざけています。 とにかく僕は、友達とは、ふざけていたいんですね。

飛ばした人はここからまた読んでくれ

敬語で使えるボケとツッコミは限られてしまう

大好きだった昔の職場の上司は、めちゃくちゃ頭脳派のマジレス人間で、10歳くらい年下の僕にも常に敬語だったんだけど、社内チャットで突然「草」って言い出したんですね。もう、それをやっちゃうと、違和感が一番に伝わっちゃうから、ユーモアという感じにならなかった。凍りついたというか、みんなが反応に困った。その上司については一周回ってそれも面白いですが、とにかく常に敬語だと、ユーモア用語に制限がかかってしまいます。

そう、敬語ですと、下品だったり、治安が悪いことが言えないわけですね。

それは逆に利用すれば、下品なユーモアや治安の悪いユーモアを身の回りから排除する手段になるかもしれない。 でも僕は、友達と話している間はずっと笑っていたいので、笑いに持っていく選択肢は多ければ多い方が良いと思う。

また一方で、普段タメ語の関係のところで、突然敬語を持ち出すと、ピリッとすることがありますね。 これも無意識中の関係性の変化をあえて利用した当てこすりがなされていそうだという感覚が人の無意識に働きかけてなんかいやだなあという気持ちにさせるものです。 が、まあこの切り替えも、ユーモアの範囲だったら基本的には、面白くなるか、滑るかしかないので、そんなに心配することはない。

友達とずっとふざけていたいと思ったら、タメ語同士の方が絶対的に便利だと思う訳です。

しかし敬語のよさはある

敬語だと、なんと方言が出ないそうです。

このことが非常に便利らしく、僕は別に方言で喋ろうが標準語で喋ろうが、つたわりゃあいいじゃねえか、と思うタイプだけども、方言を話す側としては伝わらない可能性が頭をよぎる怖さというものもあるだろうし、この辺りを無理して欲しいと思っていない。敬語で喋るだけで、育った土地の異なる人達とストレスなく会話できるんだったら、そっちの方が良いでしょう。

あと、喋り方がタラちゃんみたいで可愛いげになるとか、挙げ出せばキリがない良さがある訳ですね。デメリットは、朱子学儒教っぽさがどうしても付きまというということだけです。

だから別に、敬語で喋ってくる人に、タメ語になって欲しいとは思わない。

だからどっちでもいいぞ

僕はどちらかというと儒教なら孔子を支持したいタイプであり、人との関係性、そのあるべき姿については深く考えたいけども、朱子学のような思考停止フレームワークは絶対に使いたくないのであった。

朱子より孔子!という人を見かけたら、僕と同じタイプだと思われます。もし、そのような人と接するときは、敬語かタメ語かは、あんまり気にしなくて良いぞ!

なお...

ユーモアが嫌いだという人、ものによってはOKとかではなく、もう一切受け付けないんだ!という人は、帰ってくれ。僕も君を一切受け付けない。ものによってはOKという人とは、お互いの妥協点を探っていけるんだけど、全て俺に合わせろなんて態度の奴はもはやすでに敵対者なのである。

余談ですが、利害関係者でも、利害のない友達関係でもない、「知らん人」というものが、この世界の大多数を占めるわけです。友達関係は、敵対者になる可能性が低いことが保証されている。一方、知らない人は敵対する可能性がどのくらいか、よくわからない。この話は長くなりそうだから、ここまで。

ちなみにマイフェイバリットユーモアは、回文芸人であるレム色さんが言っていた「タピオカが顔ピタ」です。このくらいの感じがちょうどいいのだ。


*1:というか、高校1年生になった友達に、おれだけからしさんにタメ語だけど、いいのかな...って言われたので、改めて考えてみたのだった。ずっとタメ語でいてくれ!

*2:みんなが敬語で喋っている中で、突然、あれ?この二人の間ではタメ口だな?ってなると、なんかほら、下世話で怪しいエロス的な想像をするじゃないですか...